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I wonder

ゆっるい事務所担の覚え書き。Twitter@xiwonderx

ジャニオタ(仮)への道程【〜2015年夏】

お題 ジャニーズ

お題「ジャニヲタになったきっかけ」


半年くらいロムれたかなあと思うのでジャニーズについて書きたい。
※ちょっと思いのまま書きすぎたのであとで直す部分があるかもしれない。読みづらいにもほどがある。


ジャニーズと私

私は幼少の頃からジャニーズのアイドルに魅せられてきた。8時だJを見ていた幼稚園児は、そのまま流れでジャニーズの「ファン」にはなったがジャニ「オタ」にはなりきれていない。

これは私の勝手なポリシーがそういうことにしていないだけで、ジャニオタの定義なんてものはきっとなくて名乗ればそうなるのだと思うし、私はジャニーズに詳しくない友人からすればジャニオタなのだろうけど、20年弱好きなままでも現場には行ったことがない、テレビを毎週欠かさず見るわけでもない、CDは基本借りるもの、そういうジャニオタを否定するわけではなく同じような人がジャニオタだと名乗っていてもまったく違和感はないのだがなぜか自分のこととなると烏滸がましくて名乗れない。一介のファンである(ということにしている)。
自担という概念を得ていない歳の感覚のまま20年弱経ってしまったので今も自担と言うと違和感があって、女性アイドルのように「推し」という言葉を使っている。
こうやって綴っていると完全に厄介な自分ルールを頑なに守ろうとしていて至極面倒な人間だが、好きな気持ちはちゃんとある。ある種の新規だとかにわかだと自称するにも微妙なラインかもしれないけれど、オタクというなら新規、ファンとしてならにわかだと思ってください。これはチキンゆえの予防線。
こういうひねたことを書いといてなんですが、親がジャニオタでもないのに、なぜか幼少期の私に刺さったジャニーズのアイドルというのは、少女漫画でよくある腐れ縁の幼馴染の、私からの一方通行版みたいな。私の中にあって当たり前のような存在なのです。
だけど、だんだんとその存在は私の中の大事な部分から逸れてしまいます。

薄れていく過程

小学生のころは、バラエティや、ドラマをよく見ていた。印象的なのはやっぱり学校へいこう!かな。Aの嵐とかもたぶん見てたけど、記憶にはあまりない。
ドラマはジャニーズが出てるものだと花より男子、ごくせん2005、野ブタ。、てるてる家族……とかこの辺りだろうか。
そんなジャニーズ好きのテレビっ子は中学生のころに出会った友人の影響でアニメオタクになって、1割がジャニオタの友達と、9割がアニオタの友達みたいな状況だった。1割とは嵐の宿題くんやドラマの話もしたりしていたけど、当時の私のメインはアニメで、ジャニーズは昔からのクセというか、ゆるい習慣として楽しんでるみたいな感じだった。
基本はアニメを見て、漫画を買って、家でテレビ見ててジャニーズがいたらラッキーみたいな。でも、宿題くんはなぜか毎週録画して見ていたな。中学生の頃は嵐が国民的アイドルになるちょい前くらいか?気付いたらものすごく大人気なアイドルになっていて私昔から好きだった……みたいな若気の至りゆえの感情を抱いたのも今では懐かしい。

高校生のころになると、宿題くんも終わってしまって、深夜特有の感じが好きだったからかあまり熱心には冠番組を見なくなってしまった。
反対にアニメは熱心に見続けていて、たぶん周りの人から見た私のイメージはアニメオタクだったと思う。
あと何がそうさせたのかは思い出せないのだが、私にとって、自分の好みの男性芸能人を人に教えるのは恥ずかしいことだったので、なかなかアニメ好きな友達に好きなジャニーズのことは話さなかった。(余談だが、好みの芸能人の話になっても自分の中で好きな芸能人のなかで、一番好きな芸能人より、一般的にもっともイケメンとされてそうな人を言う、みたいな。本音と嘘のあいだを言っていた。)

それでまあなんというか、まあ、自然消滅みたいな感じで、好きだけどなんだか遠ざかってしまっていったのだ。
(と言いながら、毎年ジャニーズカウコンで年越ししていたけど……。)

そんな状態でもうにわかもにわか、だけど嵐のアルバムが出たら借りる、という状況で数年が過ぎていたのだが、去年の24時間テレビを日付変わる直前くらいから見たことによって、それからの私は中学生のころに戻ったかのように、否、それ以上にジャニーズの虜となることになる。ついにジャニオタに……

というところで、正直ブログ開設して覚書と大したことしか書いておらず字数の感覚がまだよくわからないので一応区切って次の記事に続きます。
そうだな、次はJUMPとの出会い、ジャニオタになったかもというのと、改めて振り返ったときの推し、箱推しについて、そんなことを書きたい。